第１６章外部性と公的意思決定本章の要約１市場の失敗と政府の役割市場で効率的な資源配分が実現されるためには、取引による追加的な費用と便益がすべて市場価格に取りこまれなければならない。そのためには、あらゆる財・サービスについて市場が整備され、取引される財・サービスの質や価格などの取引条件について情報が完全で、価格メカニズムが有効に働くという条件が必要である。ところが、さまざまな要因により、市場では配分上の非効率が発生する。こうした、市場において効率的資源配分の実現を阻む要因や引き起こされる配分上の非効率は、市場の失敗と呼ばれる。政府に求められる役割の一つは、市場の失敗そのものを除去したり、もしくはそれを放任すれば深刻化する配分上の非効率を除去することである。また、こうした政府の役割についての立場は、市場の失敗アプローチと呼ばれる。２外部性市場取引とは経済主体同士の自発的な交換活動を指すが、それに取りこまれない費用や便益は外部性（または外部効果）と呼ばれ、市場の失敗を生みだす。というのは、外部性により私的限界費用・便益と社会的限界費用・便益の間に乖離が生じるからである。外部性は次の二つのタイプに大別される。(1)正の外部性：これは取引に参加しない他者が享受する利益を指す。研究開発や職場訓練のような正の外部性を生みだす活動は、市場取引では社会的に望ましい水準に比べて過小なものになる。(2)負の外部性：これは、市場価格には参入されないまま、取引に参加しない他者が負担させられる費用を指す。たとえば、環境汚染、騒音や混雑があげられる。負の外部性を生みだす活動は、市場取引では社会的に望ましい水準に比べて過剰なものになる。３外部性の問題に対する解決策外部性が引き起こす配分上の非効率を除去するための代表的な対策は、次の四つである。(1)所有権の再割当て：市場で効率的資源配分を実現するためには、所有権が明確に規定されていなければならない。コースの定理によれば、政府が外部性に対して所有権を規定しさえすれば、外部性に関わる問題（すなわち、配分上の非効率という問題）は解決できる。(2)負の外部性の法的禁止：政府が負の外部性を生みだす活動についての許容範囲を法的に定め、それを越えた活動を禁止する。(3)課税・補助金：正の外部性を生みだす活動には補助金を供与して、活動水準の拡大を促す。一方、負の外部性を生みだす活動には課税して、活動水準の縮小を促す。このように人々の金銭的インセンティブに働きかける税・補助金政策は、ピグー的補整策と呼ばれる。(4)負の外部性に対する取引可能許可証：負の外部性については、それを生みだす経済活動をある一定規模ならば認めるという取引可能許可証を発行し、それについて自由な市場取引を認める。このうち、(2)は指令・統制アプローチと呼ばれ、民間の自由な取引への政府による直接介入・規制を指す。他方、それ以外は、市場が外部性の問題をそれ自身で解決するための補完的な措置を施すという意味で、市場補完アプローチと呼ぶことができよう。４温情主義とメリット財個人は自己の利益が何たるかを知ったうえで経済活動について自らの決定を下せるという考えは、消費者主権の原則と呼ばれる。これに対して温情主義（親権主義）という考え方では、場合によっては個人よりも政府のほうがよりよい選択を行うとされる。この考え方に立って政府は、たとえば子どもに対する教育などのメリット財（価値財）と呼ばれる特定の財の消費を強制したり、麻薬などの負のメリット財（負の価値財）と呼ばれる特定の財の消費を禁止する。５政府の失敗外部性などの市場の失敗により、政府による市場への介入は正当化される。しかし実際には、政府は市場がかかえる問題をなかなか有効に解決できない。これは政府の失敗と呼ばれ、次のような問題により発生する。(1)不完全情報：政府は経済活動の費用・便益について、限られた、しかも不完全な情報しか持っていないかもしれない。(2)インセンティブ：私企業のように政府...